はまってしまった「建築」の素敵な本『パリ 名建築でめぐる旅 』をざっくり読む旅も最終回。
最後は、
アール・ヌヴォー Art Nouveau
アール・デコ Art Décoです。
『パリ 名建築でめぐる旅 』では14章です。
それぞれの特徴はまとめて3つだけ!
〇ヌヴォー: 曲線、植物
◇デコ: 直線
<歴史的側面など>
〇 アール・ヌヴォー
・鉄材の普及で曲線が描きやすくなった
・ヌヴォーな有名人は、ベルギーのヴィクトル・オルタ1861ー1947
・パリでは、エクトル・ギマール1867ー1942
・ギマール&ヌヴォーの代表建築は、メトロの地上入口!
この「メトロの地上入口」については、
別の本に載っていた面白い話があるのですが、
ちょっと長くなるので、また明日!
いっぽうデコは、その後けっこうすぐに誕生します。
◇ アール・デコ
・第一次世界大戦1914ー1918
→戦災復興→工業的、経済性のあるデザイン
アール・デコ的なものは2路線ある
A:ル・コルビュジエの「白い箱」
B:古典主義建築をベースに、簡素で+直線美
A
・ル・コルビュジエ1887ー1965
・代表デコ建築は、サヴォワ邸1928-31
1925年、パリで開催された、装飾芸術万国博覧会(通称:アール・デコ博覧会)で
ル・コルビュジエは、
「集合住宅の一ユニットである、エスプリ・ヌヴォー(新しい精神)館を出展し、「白い箱」近代建築運動(モダン・ムーブメント)を推し進めた」p126
一方で、
B
古典主義建築をベースに、
簡素+直線の建築群も出現していた。
そう、昨日のシャイヨー宮も
アール・デコだったのです。
他には、美術館パレ・ドゥ・トーキョー↑Palais de Tokyoも
デコB型です。
ちなみに、日本では、東京都庭園美術館↑がデコB型です。
そう、これがデコかあ。そう思って近いうち遊びに行くことにします。
ああ、建築の旅たのしかったなあ。
2週間で世界が広がった実感があります。
感受、感謝!
2012年1月11日水曜日
2012年1月10日火曜日
建築13 ぷち万博
1889年のパリ万博は、革命100周年。
この博覧会にあわせて建てられた、エッフェル塔。
建設中のエッフェル塔(1888年8月21日撮影)wiki
『パリ 名建築でめぐる旅 』のp118あたりを、
ざっくりまとめますと
La tour Eiffel
・73000トンの鋼鉄による新時代の建築
・総重量10100トン
・3層構造(2階はレストラン)
・基礎部分の幅は125m
(これは旧オペラ座の最大幅と同じですね)
・地味にすごいのは、斜めに昇るエレベーター!
・当時、世界でいちばん高い建物だった。
(当時、312メートル。現在は、324メートル)
個人的に注目する人物は、
モーリス・ケクラン
23歳でエッフェル社鉄骨構造物研究部長となり、技師のエミール・ヌーギエや、建築家のステファン・ソーウェストルとともに、エッフェル塔の設計案や鉄骨構造の計算に協力した。wiki
ケクランによるエッフェル塔の素描。1884年頃
Croquis du concept de pylône en métal, 1884
そして、E塔だけではなく、
パリ万博と建築は関連が強く
★1878年のパリ万国博覧会では、シャイヨー宮.。
(会場。セーヌ川を挟んで右はシャイヨー宮とトロカデロ広場(現在のシャイヨー宮は1937年万博の時に改造されたもの)、左がシャン・ド・マルス(現在エッフェル塔が立っている)wiki)
★1900年のパリ万国博覧会では、グラン・パレとプティ・パレ
グラン・パレGrand Palais
(ファサードは初期のボザール建築の典型例とされ、メインの屋根は鉄とガラス wiki)
プティ・パレPetit Palais
(イオニア様式の石柱や、壮大な入り口とドーム屋根は、川の対岸にあるアンヴァリッドと呼応している。wiki)
グラン、プティ、設計はどちらも、シャルル・ジロー。
そして、シャイヨー宮は、次の章にも関係があるのですが…
それは、また明日た!
2012年1月9日月曜日
建築12 ガルニエ
ややや!
『ルーヴル宮-パリを彩った800年の歴史』
Jean Claude Le Guillouの1ページ目をめくり、はっ!っとしました。
翻訳が、飯田 喜四郎!
『学研 世界の建築 第5巻 ゴシック』で
喜四郎先生の解説にうっとりしていたので嬉しいです。
そうして、読み始めた『ルーヴル宮-パリを彩った800年の歴史』は、
妹尾河童的であり、スティーヴン・ビースティー的であり
注もばっちり載っていて、絵でしか描けない世界、読み応えがあります。
お風呂で読むのは大きすぎるので、枕読します。
さて、
今日の建築は
Palais Garnier
旧・オペラ座
現、パレ・ガルニエ。
まず、何故、旧?なのか。
それは、バステーユ広場に
新オペラ座、
オペラ・バスティーユ(L’Opéra de la Bastille)ができたから。
旧・オペラ座は現在、設計者であるシャルル・ガルニエ(1825ー98)
の名前から、パレ・ガルニエと呼ばれています。
その、旧オペラ座。
時代はナポレオン3世の第二帝政時代。
ナポレオン3世や皇妃がお気に入りの建築家も参加していたコンペで、無名の若手、ガルニエが選出されました。当時、ガルニエは35歳(!)
結局、第二帝政下(1852ー70)には間に合わず、
「こけら落としは1875年1月15日に行われた」『パリ 名建築でめぐる旅 』p114
奥行き:173m 最大幅:125m 高さ:73.6m
ファサードの様式は、ネオ・バロック様式。
コリント式のジャンアント・オーダーの双子柱と
ふつうサイズの、コリント式オーダーを合わせている。
このGオーダーと普通オーダーの合わせ技の手法は、
ジャイアント・オーダーの手法を始めたミケランジェロが、
パラッツォ・ディ・コンセルヴァトーリで↑用いている手法だという。
旧オペラ座の内部は、ホワイエも、ネオ・バロック様式。
ほかに、同じネオ・バロック様式を用いている例としては、
パリ北駅(1861ー65)のファサード。
イオニア式ピラスターの双子柱です。
『パリ 名建築でめぐる旅 』では、12章です。
余談ですが、
ニース天文台(Observatoire de Nice)は、
シャルル・ガルニエの設計で、メインドームはギュスターヴ・エッフェルが設計したという面白い作品です。



