2012年4月23日月曜日

BT p12 ややこしい足


モーツァルト作曲『ドン・ジョヴァンニ』より、剣を携えたドン・ファン


いやあ。「悲しみよ、こんにちは!」 はじまって以来の、
お気に入りの日本語(朝吹)訳を発見。まずは、原文から。

今日の一文は、えーと、p13.L3です。

Mon père exécutait des mouvements de jambes compliqués pour faire disparaître un début d'estomac incompatible avec ses dispositions de Don Juan. 

訳を見る前に、原文を研究することにします。
すぐに、訳を見ちゃうのは悪い癖だと気がつきました。
(いや、もう、見ちゃってはいるのですが…それはナシ!←意味不明)

この1文を3つに分けます。

1.まず、ナミヘイが足をexécutaitする場面
Mon père exécutait des mouvements de jambes compliqués

2.それは、
pour faire disparaître un début d'estomac incompatible   のために

3.avec ses dispositions de Don Juan.  だからして

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1.の面白さは、exécuter実行するという固い単語を使っているところ
2.文法1は [faire disparaître qc] 「…を消す、なくす」
文法2は [ un début de + 無冠詞名詞 ] で「…の兆候」という意味。
3.文法3は [incompatible avec qc ](…と)矛盾する、相容れない
文法4は dispositionが複数形「素質、意向、態度」などの意味であること

この段落は何気ないようで、小説としては、とても深ーーい段落で、
ひとつ前の文の、エルザの描写はとても分かりやすく、そして、
父の描写、続く、セシルの描写が物語全体を貫く、
第1章の最初の三叉路という感じです。
しびれます。

で。

1.Mon père exécutait des mouvements de jambes compliqués を普通に訳すと、

河野訳のように、
「父は―(中略)―複雑に足を動かす体操をしていた」となるのですが、

朝吹訳では、
「父は―(中略)―ややこしい足の体操をしていた」となっています。
朝吹訳では、ちゃんと、次のセシルの描写と照応しているのです。

むずかしいことを書いているということは、自分でもわかっているのですが、
原文をみると簡単なんです!


この段落の父の描写では
mouvements de jambes compliqués であり、

続くセシルの描写では、
 en des mouvements désordonnés なのです。

この短い数行の中で、小説家が同じ単語を使うなら、
なんらかの意味を含んでいて、間違いないでしょう。

ああ、朝吹先生に聞いてみたい。
そうですよね?って。サガン本人でもいい。
人の感情は深いものだと感じる、本当に素晴らしい小説です。

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最後に、今日の一文の朝吹訳を

「父は太りはじめた腹部が、ドン・ファンに似つかわしくないと考えて、ややこしい脚の体操をしていた」

感受、感謝。